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高橋みつお ヒューマンストーリー!

参院選兵庫選挙区予定候補(新)

 必勝をめざし、連日奮闘を続ける公明党新人の高橋みつお国際局次長(参院選予定候補=兵庫選挙区、自民党推薦)。ここでは、原点となった阪神・淡路大震災での経験や、外交官としての活躍、公認後のエピソードなど、高橋氏が歩んできた足跡と魅力を紹介する。

大震災が人生の“原点”

激震で高速道路が倒壊した兵庫県西宮市の現場

1995年1月17日午前5時46分。兵庫県宝塚市に住んでいた高橋みつおは経験したことのない揺れで目が覚めた。阪神・淡路大震災が発生したのだ。

「大変なことが起きてしまった」。高橋は大阪外国語大学(大阪外大)の受験を控え、深夜まで勉強していたころだ。家も家族も無事だったが、家の外から見える神戸の空は火の手で真っ赤に染まり、倒壊したビルや高速道路がテレビに映し出された。

高橋は勉強が手に付かなくなるほどの大きな衝撃を受けた。

そんな高橋を勇気づけたのが、自ら被災しながらも助け合い、励まし合って生きる市民の姿だった。

何より、重い病を押してまで市職員として不眠不休で被災者支援に奔走していた父の後ろ姿を見て、心底感動したのだ。

人は、励まし合う中で希望を見いだすことができる。どんな困難にぶつかっても、前を向いて進むことができる。高橋は大震災の渦中で、“人間の底力”を垣間見た。

懸命に生きる人々、そして父の勇姿――。後に外交官の夢をかなえた高橋の心には、今でも「命懸けで働いた父に恥じない生き方を」「徹して人間を大切に」との熱い思いが脈打っている。

命懸けの人道復興支援

アンゴラ国家地雷除去院の作業員と共に、地雷撤去の現場を訪れる高橋氏(中)

2005年1月、駆け出しの外交官だった高橋はアフリカのアンゴラにいた。

27年に及ぶ内戦が終わった直後の同国での勤務は困難を極めた。数百万個と推定される地雷が埋められ、行政、経済も機能マヒに。やっと見つけた水道と電気が付いただけのアパートの家賃は月5000米ドル。しかも1年分を前払いしなければならなかった。

一方、衛生面も劣悪で、アンゴラは「感染症の宝庫」と言われていた。当時、マールブルグ病というエボラ出血熱と同等の高い致死率がある感染症が流行。高橋自身も原因不明の高熱に悩まされ、寄生虫も宿した。

初めに取り掛かったのは、大使館事務所を立ち上げる仕事。物件探しから始まり、改築工事のための資材調達にまで及んだ。さらに非政府組織(NGO)と協力しての地雷除去計画の実施にも携わるなど、あらゆる業務を先輩外交官と二人でやり遂げた。

「今後、どこに行ってもアンゴラでの経験に比べれば大丈夫との自信を得た」と振り返る高橋。アンゴラでの奮闘は、自身の人生においても外交官人生においても貴重な財産となった。

09年9月、7年ぶりに東京の外務省本省に戻った高橋。国別開発協力第2課に配属になり、世界で最も危険な国といわれた、中東・中央アジアに位置するアフガニスタンの支援担当になった。国際協力機構(JICA)や、関連する国際機関と連携し、爆弾テロが頻発していた現地にも足を運び、保健・医療分野では比較的安全な地域に保健所を設置。教育分野では学校の整備や識字教育を支援するなど、現地の人々に役立つ人道支援を矢継ぎ早に行った。

14年2月には、国際協力局政策課に配属。日本政府の開発協力、政府開発援助(ODA)の政策立案を担当した高橋。15年には女性支援タスクフォースの事務局長として、日米共同プロジェクト立案の日本側のリーダーとなり、当時のミシェル・オバマ大統領夫人、安倍昭恵首相夫人と連携。途上国の女子教育支援に3年間で約420億円のODA実施公約をまとめた。

このほか、ODAの協力を通じて、世界各国の災害対策もサポートした。これらの経験は、「女性が輝く社会」の構築や、命を守るハード・ソフト両面にわたる防災・減災対策など、世界をリードする国をめざす高橋の五体を貫いている。

投資、難民対策で成果 

ザンビークの代表らと懇談する高橋氏(左から2人目)

高橋には、今も語り草になっている成果がある。

30代半ばのころである。世界最大規模の炭田と天然ガス田が発見されたアフリカのモザンビークとの間で、日本企業の投資促進のため、日本・モザンビーク投資協定の締結に奔走。関係者と何度も調整を重ね、2013年6月、横浜での第5回アフリカ開発会議(TICAD5)で、サハラ砂漠以南約50カ国の中で初となる投資協定が実現した。アフリカ地域研究の専門家は「TICAD5の中で何よりの具体的な成果だ」と絶賛したという。

一方、ブラジルでは、17年11月に隣国ベネズエラから流入していた避難民の現状を視察し、早期支援をブラジル連邦議員団に要請。政府による流入民支援計画に結び付けた。リオデジャネイロ五輪・パラリンピックでは日本代表選手団の受け入れにも力を尽くした。

誰も置き去りにしない

昨年7月の公認決定いらい、高橋は兵庫県内29市12町全てに足を運び、現場の声に耳を傾けてきた。

昨年夏のこと。難民問題に関心を持ち、将来は国連で働くことを志す高校生の話を聞いた高橋。スケジュールをこじ開け、直接、連絡を取り約1時間、自身の外交官としての体験を語り、未来の“国連職員”の成長を願って励ました。

先日、街頭演説で一人の老婦人を見つけた。駆け寄り話を聞くと、ちょうど90歳の誕生日だった。「おめでとうございます」と書いて名刺を手渡した。感激した老婦人はその日、40人を超える友人に高橋の優しさを語ったという。

一瞬の出会いを無駄にせず、徹して一人を大切にする――世界30カ国を駆け、現場で手を打ち続けてきた高橋の一挙手一投足には、「誰も置き去りにしない社会を築きたい」との情熱がみなぎっている。

【略歴】

元外交官。在ブラジル日本大使館一等書記官など歴任。党国際局次長、同青年局次長、同「兵庫の未来」プロジェクト事務局長。大阪外国語大学在学中に外務省試験に合格し中退。外務省屈指のポルトガル語通訳官として、安倍晋三首相ら首脳外交の一翼を担う。兵庫生まれ、兵庫育ち。42歳。

| おりはら日記 | 06:30 |
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+ プロフィール
  • 昭和29年11月24日生まれ
  • 山形商業高校卒業
  • 専修大学Ⅱ部商学部4年中退
  • 東京都世田谷区役所・山形市役所
【現在】
  • 市議会議員(4期目)
  • 環境建設委員会委員
  • 議会運営委員会委員
  • 議会史編さん委員会委員
  • 公明党山形県本部副代表
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