おりはら政信Blog

山形市議会議員「おりはら政信」が毎日更新しております!
カナノウ旋風!

 第100回全国高校野球選手権記念大会の準決勝が行われ、カナノウ旋風が巻き起こっています。第一試合では金足農(秋田)が日大三(西東京)を2対1で破って、秋田県勢として103年ぶりの決勝進出を決めました。第二試合は大阪桐蔭(北大阪)が済美(愛媛)を5対2で破って、史上初2度目の春夏連覇に向けての決勝選出を決めました。決勝は明日21日午後2時からプレーボールとなっています。明日もこの時間からTVの前から離れられません。

 明日の決勝戦を前にして、改めて金足農について調べてみました。まず金足農業高校は、今回の出場で11年ぶり6回目(夏:S59、H7、H10、H13、H19、H30、春:S59、H2、H11)の甲子園出場となります。そして、初出場となった1984年(昭和59年夏)に桑田・清原の「KKコンビ」を擁するPL学園と準決勝で対戦し、2対1とリードしていたものの8回裏に4番清原に四球で出塁を許した後、5番桑田からツーランホームランを打たれ2対3で惜しくも敗れたという苦い過去がありました。

 正しく今回の8回裏の日大三高との攻防とタブってしまいましたが、1点に抑えたことが決勝進出に道を開いたものと思います。もう一つ特筆すべきものは、金足農業高校は県立高校なので21名全員が秋田県出身と言うことです。因みに大阪桐蔭高校野球部メンバーの出身中学一覧を見ると、大阪府5人・兵庫県3人・奈良県2人・和歌山県2人、北海道・栃木・岐阜・愛知・滋賀・京都府・徳島・愛媛・佐賀の1道1府7県から各1人というものでした。

 明日の決勝戦で金足農が優勝すると、秋田県勢としても初優勝となりますが、方面別でも初めて東北の地に深紅の大優勝旗が持ち帰られることになります。一方、大阪桐蔭が優勝すると史上初2度目の春夏連覇を遂げるとともに、学校別優勝回数でも現在春3回・夏4回、通算7回の優勝で2位タイ(大阪桐蔭・PL学園・広島商・松山商)となっていますが、今回優勝することにより春3回・夏5回、通算8回となり単独2位となります。因みに1位は、春4回・夏7回、通算11回の中京大中京(愛知)となっています。

 金足農は地方戦5戦(2回戦:金足農3−0秋田北鷹、3回戦:金足農4−3能代、準々決勝:金足農7−0秋田商、準決勝:金足農7−4由利、決勝:金足農2−0明桜)と、甲子園にきてからの5戦(1回戦:金足農5−1鹿児島実(鹿児島)、2回戦:金足農6−3大垣日大高(岐阜)、3回戦:金足農5−4横浜(南神奈川)、準々決勝:金足農3−2近江(滋賀)、準決勝:金足農2−1日大三(西東京))は全て先発メンバーのまま戦ってきました。これも今までにない闘い方です。

 明日も金足農野球、カナノウ全力野球に徹して、100回記念大会に相応しい名勝負を展開して欲しいと思います。どちらが勝つにしても素晴らしいプレーが展開されるものと思いますが、東北人としては、金足農のカナノウが優勝することを心からご祈念申し上げます。

| おりはら日記 | 18:30 |
福島県立博物館にて!

 福島県立博物館平成30年度夏の企画展「〜東京富士美術館コレクションと福島の名刀〜」美しき刀たちを妻と一緒に観に行ってきました。観賞のためのパンフレットに刀由来のことばが六つ紹介されていました。\擶詰まる、鍔迫り合い、oを削る、と燭蠅合わない、ダ泙蟷罎弔、α蠶箸鯊任帖△里Δ繊△△覆燭呂匹譴世雲気靴説明できますか。

 一つだけ、ダ泙蟷罎弔について説明します。千羽鶴の折り紙ではありません。鑑定で「正真」(本物)と認められたことをきちんと紙に書いて二つ、三つ折りに折ったものを「折り紙」と呼びます。豊臣秀吉、徳川家康らが本阿弥家九代・本阿弥光徳を刀剣極め所に任じ、以後代々の本阿弥家からの鑑定書が発行されました。ここから「折り紙つき」とは、権威ある団体、人から物や人が間違いないことを保証する意味で使われます。私も皆様方から折原は折り紙つきの市民を代表する議員だと言われるよう精進して行きたいと思います。

 同博物館の常設展示も見せていただきました。写真は竪穴式住居と複式炉の復元模型の前で撮って頂きました。縄文時代の人々は竪穴式住居に住んでいたとされていますが、これほどリッパなものとは思いませんでした。説明書きによれば、この竪穴式住居は縄文時代中ごろ約4000年前のもので、昭和59年に発掘した塩沢上原A遺跡12号住居跡をもとに造られたとのことです。住居内の炉は12号住居跡から移したもので、土器を埋めた炉と石組みの炉が組み合わされているので、複式炉と呼ばれているとのことです。このような形の大型の炉は全国でも大変に珍しく、福島県を中心に東北、北関東、北陸地方などに分布しているとのことでした。

| おりはら日記 | 18:30 |
企画展 今昔 妖怪絵巻!

 昨日、道路維持課に危険個所の改善要望書を持っていった際に、掲示板に貼ってあるものを撮ってきたものですが、企画展 今昔 妖怪絵巻の展示は7月27日〜9月3日まで、山寺芭蕉記念館で行っています。

 最近は朝夕めっきりと涼しくなってきました。しかし、来週からはまた暑くなるとの天気予報です。是非、山寺芭蕉記念館を訪れてみては如何でしょうか。そんな中、山形新聞8月17日付に、真夜中のたわごと(41)「お化けなんて昔は・・・・」と言う記事が載っていたので別掲させて頂きます。 

 先般、山寺芭蕉記念館で講話する機会を得た。昨今はやりの夜間イベント、いわゆる「ナイトミュージアム」の一企画である。開演まで事務室で過ごしていたのだが、あいにく学芸員や職員の方々は出払っており、部屋には70代とおぼしき警備員と私のふたりぼっち。さて、この微妙な空気をどうしようかと考えていたところ、警備員氏がぽつりと「お化けなんて昔は珍しくなかったけどねえ」と漏らしたのだ。その言葉でスイッチが入り、私はすぐさま取材モードに突入した。以下は、その際に警備員氏(仮にSさんとしておこう)より聞いた話になる。
 Sさんの故郷は西川町の某集落で、彼が幼い時分には三永や小山、見立など数多くの鉱山が周辺にあったのだそうだ。彼いわく、当時は鉱山が盛況であったという。朝から夕方まで採掘を務める「一の番」、夕方から夜まで掘る「二の番」、夜どおし作業をする「三の番」の3交代制で24時間休みなく採掘がおこなわれていたという。そんなある日のこと。「二の番」を務める村の男が、夜中になっても帰ってこなかった。「どうしたことか」と村人総出で探しに行けば、当の男が藪(やぶ)のなかをぐるぐると走りまわっている。頬をたたき顔に水をかけると男はようやく我にかえり、こんなことを言いはじめた。「村へ続く一本道を帰っていたはずが、どれだけ歩いてもたどり着かない。恐ろしくなって駆けだそうとする矢先、お前らに呼ばれて正気を取り戻したのだ」。男の告白を、村人たちは「狐(きつね)に化かされたのだろう」と笑った。「気をつけろよ。一度やられたヤツは、二度三度と化かされるそうだ」そんなからかいに憤慨していた男だったが、はたして翌日、彼はやはり帰らなかった。
 「やれやれ」と呆(あき)れつつ村人が再び捜索に向かうと、闇のなかで誰かが笑っている。不気味に思いながら声のありかを探してみれば、たどり着いたのは墓場で、「二の番」の男が土だらけの湯飲み茶わんを手に誰もいない空間へ笑いかけていた。つまりは、またも化かされたのである。そんなわけで彼は翌日から、明るいうちに帰宅できる「一の番」に交代させられたという。
 鉱山は昭和30年代後半から相次いでその歴史を終えている。閉山前日の夕暮れ、感慨深く山を眺めていた村人数名の前で、いくつもの狐火が稜線(りょうせん)からいっせいに四方へと飛び散っていった。そしてその日以降、村の者が狐に化かされることは二度となかったそうである…。
 なんとも滋味深い話ではないか。これこそが怪談の妙味なのだ。怪談は土地の歴史や個人の思いを内包している。怖さの裏側に、正攻法では得られない「お宝」が眠っている。それらに会いたくて、私はいまも怪談を集め続けているのだ。季節はお盆、まさに死者と生者が再会する時期である。この夏は、集まった親族で怪談会など催してみてはいかがだろうか。もしかしたら、あなただけの「お宝」と出会うことができるかもしれない。(作家・黒木あるじ、山形市)

| おりはら日記 | 13:00 |
いきいき百歳体操に参加!

 

 山形市役所1階エントランスホールで行っていた「住民主体の通いの場」に参加させて頂いて、皆さんと一緒に「いきいき百歳体操」を初体験させていただきました。

 ちょっと動いただけなのですが中々侮れません。汗があっという間に出てきました。この「いきいき百歳体操」重りを使った筋力体操で、イスに座ってゆっくりと手足を動かして行きます。

 「いきいき百歳体操」は、椅子に腰かけて準備体操、筋力運動、整理体操の3つの運動をします。準備運動は/叱撞曄↓肩と脇腹を伸ばす運動、B踏み、じ坿慇瓩留親阿鮃圓い泙后次に筋力運動では、]咾鯀阿望紊欧覬親亜併鯵儷據法↓∀咾魏に上げる運動(三角筋)、0愡劼らの立ち上がり(大腿四頭筋・大臀筋)、ど┐鮨ばす運動(大腿四頭筋)、ヂの横上げ運動(中臀筋)の運動を行います。最後の整理体操では、ー蠎鵝ο咾離好肇譽奪繊↓太ももの裏のストレッチ、首の運動をして終了です。

各地域でも行われていますのでお気軽にご参加ください。

| おりはら日記 | 15:15 |
「永遠の0(ゼロ)」

 山形県全域に大雨警報が出される中、山形市にも大雨警報(浸水害)・洪水警報が午前7時36分に発表されましたが、午前10時39分には大雨・洪水注意報に変わり引き続きの今後の気象情報に注意して下さいになり、胸をなでおろしていました。

 

 そんなことから、雨降りで出かけるのも気が引けて、本日は甲子園で繰り広げられている高校野球を見ながら、SPコミック 百田尚樹原作、須本荘一作画の「永遠の0(ゼロ)」の上巻と下巻を読破しました。映画も見ましたが、こちらの漫画のほうが私には良く理解が出来ました。

 一個人としても、公明党としても、憲法の平和主義の精神を堅持した上で、国際社会と連携しながら、平和を守り抜き、平和の礎を重ねて核兵器廃絶や世界平和構築に向けてさらに行動して行かなければならないと改めて思いました。

| おりはら日記 | 23:55 |
終戦記念日街頭演説!

 終戦記念日の街頭演説を、菊池文昭県議会議員(県本部代表)、武田新世市議会議員(県青年局長)、松田孝男市議会議員(県青年局次長)、折原政信市議会議員(県本部副代表)の4人で、市内3カ所で行わせて頂きました。
 私の挨拶では、第一次世界大戦が大正3年〜大正7年、第二次世界大戦は昭和14年〜昭和20年に起こりました。特に第二次世界大戦では世界で6000万人から8000万人の方々が亡くなり、日本は312万人が亡くなると言う悲惨な出来事になりました。そして73年前の8月6日に広島、8月9日には長崎に原子爆弾が投下され、広島で14万人、長崎で7万人が亡くなりました。今年初めて私は長崎平和公園と平和資料館を訪れ改めて戦争の悲惨さを実感したこと。そうした中に会って今の平和があることを当たり前だと思ってはならないこと。被爆国だからこそ使命と責任を持って核廃絶に向けて頑張って行かなければならないこと。核兵器禁止条約が122ケ国の賛成で昨年7月7日に採択されたこと。そして、核兵器禁止条約の位置付けと「賢人会議」の取り組みについて、SDGsエスディージーズの取り組みなどを訴えさせていただきました。

 下記に、公明党の終戦記念日アピールを別掲させて頂きました。ご一読ください。
公明新聞:2018年8月15日(水)付
終戦記念日アピール!
二度と悲劇繰り返さず 憲法の平和主義を堅持し、非核化へ対話の橋渡し役に!

 記録的な猛暑が続く中、本日、73回目の終戦記念日を迎えました。先の大戦で犠牲となられた内外の全ての方々に謹んで哀悼の意を表すとともに、ご遺族ならびに今なお深い傷跡に苦しむ皆さまに心からお見舞い申し上げます。

 かつての日本は、軍国主義によって植民地支配と侵略を進め、多くの人々、とりわけアジア・太平洋地域の人々に耐え難い苦しみと損害をもたらしました。この事実から目を背けることはできません。私たちは、この不幸な歴史を今一度見つめ直し、二度とこのような悲劇を繰り返さないことを誓い、心を新たにして世界から平和国家として信頼されるよう、憲法の平和主義を堅持してまいります。

 日本は発展を続けるアジアの中でさらに信頼を広げていかなければなりません。とりわけ中国、韓国との関係は重要です。体制や文化の相違を超え、民衆の間で培われる相互理解こそが平和への確実な礎石になります。その上に立って政府間の関係改善をさらに進めていくべきでしょう。

 9日に開催された長崎「原爆の日」の平和記念式典に国連事務総長として初めてグテレス氏が出席されました。国連は昨年7月、核兵器禁止条約を総会で採択しました。核兵器を違法とする初の法規範であり、歴史的な条約です。グテレス事務総長の長崎訪問が「核兵器のない世界」に向けた大切な一歩となるよう、唯一の戦争被爆国である日本も真剣に行動する時です。対立する核保有国と非核保有国の間の「橋渡し役」となって両者の対話が進むようリードし、核軍縮の具体的進展をめざす努力が求められています。

 一方、北朝鮮の核問題では大きな変化がありました。6月に初の米朝首脳会談が実現し、北朝鮮の金正恩委員長が朝鮮半島の完全な非核化を確認し、それに向けた取り組みを初めて文書の形で約束しました。しかし、具体的な非核化へのプロセスは明らかではなく、日本は米国、韓国、そして中国、ロシアとも連携して非核化を実現すべきです。

 今年12月には、世界人権宣言の採択70周年を迎えます。国連は現在、「誰一人取り残さない」との理念の下、2030年をめざし、貧困撲滅や健康増進、教育の拡充、さらにクリーンエネルギー開発、経済成長までも目標に掲げた持続可能な開発目標(SDGs=エスディージーズ)の達成に取り組んでいます。

 公明党は、SDGsの推進によって貧困や人権侵害といった紛争の芽が摘み取られ、確かな平和への道を築くことにつながると確信しています。「平和の党」公明党として、世界平和にさらに貢献をしていくことを重ねてお誓いを申し上げます。
2018年8月15日   公明党

| おりはら日記 | 12:30 |
地方議員、市民感覚が大切!

 本日の山形新聞の7面のやましんサロンに8月1日付け山形市議会報「みちしるべ」を見て、「核兵器禁止条約の日本政府の署名と批准を求める意見書の提出」に反対した自民党系会派「翔政会」と公明党が全員、反対したことを示す×印が付いていたとし、一般市民と感覚がずれているなーとする意見が掲載されていました。

 私の6月29日のブログでも何故、議会案「核兵器禁止条約の日本政府の署名と批准を求める意見書の提出」について反対したのか書き込みをさせて頂いていますが、改めて見解をアップさせて頂きたいと思います。

 私たち公明党山形市議団一人一人は、「核のない世界」に向けて法的枠組みについて議論が進められたことに対し、核廃絶の思いを同じくする立場から敬意を表し、条約採択を一歩前進と評価しています。

 しかし、この核兵器禁止条約には、核軍縮を実現するには、(1)核保有国が条約の義務に従い、核弾頭やミサイルの廃棄などを本当に実施しているのか確認できる「検証可能性」(2)いったん核軍縮のための措置を進めたら、後戻りして再軍備に走らないようにする「不可逆性」(3)核保有国の核戦力に関する情報の公開などの「透明性」―の三つを確保することが重要であるとされています。これらが明記されていることは、結局のところ、核保有国が動かなければ、核軍縮は一歩も進まないという事態になることが懸念されるところです。そうした意味では、ただ日本が核兵器禁止条約に署名と批准したからといって何も核兵器が無くなるものではありません。

 山口那津男公明党代表は、「核保有国などと条約を採択した国との溝が深まり、対話がなされず、核軍縮のできない状況があってはならない」とし、唯一の被爆国である日本が、核保有国と非保有国の対話を進める橋渡し役となるよう、政府に求めています。具体的には、核保有・非保有国双方の有識者による核軍縮に関する「賢人会議」の取り組みを、公明党は後押ししていくとしています。

 私たち公明党山形市議団は、こうした政府や公明党としての考え方を尊重するとともに、国としての外交や防衛の問題については地方議会の意見書を安易に上げるべきでないとの判断で退席ではなく、反対とさせていただきました。

 併せて、8月6日のブログに別掲させていただきました、主張 原爆の日<非核>人間が人間であるために! 公明新聞 2018年8月6日付けもご一読ください。

核兵器禁止条約 公明新聞 2017年8月20日付け 

https://www.komei.or.jp/news/detail/20170820_25340

| おりはら日記 | 13:30 |
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+ プロフィール
  • 昭和29年11月24日生まれ
  • 山形商業高校卒業
  • 専修大学Ⅱ部商学部4年中退
  • 東京都世田谷区役所・山形市役所
【現在】
  • 市議会議員(4期目)
  • 環境建設委員会委員
  • 議会運営委員会委員
  • 議会史編さん委員会委員
  • 公明党山形県本部副代表
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